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共産主義革命初心者の為の、パルヴス、レーニン、トロツキー(メモ)

今回は、「共産主義革命まだしたことがないよ」というそこのあなたの為に、パルヴス、レーニン、トロツキーの違いをテキトーにまとめたいと思います。なんでテキトーかというと、自分の勉強の為に大事なところだけメモ書きとして残しているだけだからです。笑

興味のある方はご覧ください。笑

パルヴス…ロシア生まれのドイツ社会民主党員(SPD)

ロシア革命の階級的な担い手と革命の性格についての論争の口火を切る

 

<パルヴス:労働民主主義論>

ロシアのプロレタリアートはツァーリの封建的支配から直接に(ブルジョァジーの支配を経ることなしに)解放されることができ、革命の担い手として臨時政府を樹立することができると述べた画期的宣言である。

・ロシア社会の発展の特殊性、とりわけ都市形成の特殊性に注目

西欧:政治的民主主義の主体となる小ブルジョアジーが都市形成

→都市は中産階級の数的優位を背景として、政治的民主主義の中心という政治的意義あり→資本主義到来

ロシア:官僚的性格を帯びた行政的中心として発達(中国流)

→西欧のような政治的意義なしそこへ資本主義が押し寄せる

→ロシアには資本主義的ブルジョアジーはいるが、政治的民主主義の主体となる中間的ブルジョアジーは育たない

⇒革命の担い手は労働者のみ

<トロツキー:永続革命論>

農民の自然発生性は、せいぜい自分たちの村などから地主を追い出す程度にとどまり、国家体制の 変革を志向するまでには至らない。農民がこの自然発生性から解放されるのは、「新たな社会階級の革命運動と合流する時だけなのだ。」

新たな階級→プロレタリアート

私有財産に根強く執着する農民は、結局プロレタリァートの政策とは相容れず、やがてその多数が離反すると予想していた。彼がロシア革命の存続にとって障害とみなしていたのは、ロシアの生産水準、技術水準の後進性といった経済的障害ではなく、農民層の不可避な離反によるプロレタリアートの孤立という政治的障害だった。

農民の支持に代わる新たな支持を、ヨーロッパのプロレタリアートに見出そうとしたのである。「ヨーロッパ・プロレタリアートの直接の政治的援助なしには、ロシアの労働階級はその権力を保持し、その一時的派遣を永続的な社会主義的独裁に転化させることはできないだろう。」

続革命論 にとって、革命の段階的連続性と国際的連続性とは不可分のものだった。

<レーニン:労農民主独裁論>

パルヴスが主張するような「労働者民主主義派の政府」は、「人民の膨大な多数者に依拠」しないゆえに、「ありえない」と断じる。レーニンが対置する「恒久的な」革命的独裁の勢力配置は、以下のようであった。「それ〔ロシアのプロレタリアート〕が膨大な、圧倒的多数者になることができるのは、半プロレタリア、半経営者の大衆、すなわち、都市および農村の小ブルジョア的な貧民大衆と結合するばあいだけである。」

→ロシアの全人口の8割を占めた農民、グルジア、ウクライナなどの辺境で革命性を発揮し、労働者との連帯の構えを見せはじめた農民に注目

「農民は革命を最後まで遂行できる」と述べるほどに、その革命性に信頼を寄せる

→対してパルヴスはそれを批判「彼〔レーニン〕は、革命的蜂起のためにわきからの同盟者を求めている。なぜなら、プロレタリ アートの革命的エネルギーを信頼していないからだ。」

 

・出自の違いが革命思想の違いに

パルヴス:成熟したプロレタリアートを擁するSPDの理論家、プロレタリアートの資質を讃える

レーニン:ロシアの革命的伝統を継承。インテリゲンツィア集団に対して、プロレタリアートの質的・量的未熟性という伝統的想念を払拭できていない

 

ロシアでは資本主義がすでに支配的な生産様式になっているが、資本主義以前の制度の残存物がまだきわめて数多く維持されている。それらの残存物は、経済的進歩をはなはだしく阻害し、プロレタ リアートの階級闘争の全面的な発展を妨げ、農民の搾取のもっとも野蛮な諸形態を維持し強化するの をたすけ、全人民を無知と無権利とに引きとめている。

ブルジョア革命と社会主義革命を峻別する点では、レーニンはパルヴスと同じ立場にある。しかしその相違は、レーニソが労農主導のブルジョア革命の一国的存続を、長期的に位置づけている点

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