政治 -politics-

身を切る改革に反対ではないけど、ゴリ推す事に懐疑的な理由。




「身を切る改革」のその先へ。政治でも「武士は食わねど高楊枝」が大事な理由

維新の看板政策の一つでもある身を切る改革。

僕も街頭演説の際には「維新は身を切る改革を行って、改革への強い覚悟を示してます!」と言う事もあるのですが、実は僕は身を切る改革を前面に出してゴリ推す事に関して割と懐疑的な考えです。

かといって反対でもないですし、基本的に維新の考えには賛同しているので、たった一つ懐疑的な点があったとしても、維新を応援することに変わりはありませんし、身を切る改革をやめろとも言いません。

確かに、大阪では「身を切る改革」で覚悟を示す、的な考えはウケるでしょうし、それで実績も残しているので、改革の為には「身を切る覚悟」が必要だ!という考えが強いと思います。

そして、身を切る改革をするかしないかで、本当に改革の覚悟があるのかどうかを確認するといった踏み絵的な意味があるのは否めません。

そもそも、議員報酬に頼らずとも、自分で選挙費用を集めて生計を立てれるくらいの優秀な人物でないと、何億という財源を左右する「政治」なんて任せられない、というのが維新の考えだった気がしますし、まあそれはそれで間違っては無いと思います。

しかし、そこが「維新はマッチョ」と言われる所以ではないでしょうか。

「マッチョで悪いのか!アホ!」と思う方もいるかもしれませんが、良い悪いの問題ではなく、マッチョなままだと支持を伸ばすことに限界があるのではないか、という不安が個人的にあります。(勝手に不安に思ってろって言われたらそれまでですがw)

実際に、僕の周りには「維新の政策は好き」とか、「自民でもない、民主でもない第三極に期待したい」という人は割といる気がします。

しかし、そういう人たちの多くが、維新のマッチョさが性に合わないが為に国民民主を支持していたり、あたらしい党を支持していたり、あるいは無党派だったりするのです。

これから維新が本格的に、東京を始めとした大阪以外の地域で勢力を拡大する為に、取り込んでいかねばならないのは、こういった層なのではないでしょうか。

参院選での東京選挙区・神奈川選挙区での議席獲得、コロナ対策を契機とした全国的な吉村ブーム、都知事選・都議補選での躍進など、関東でも徐々に知名度も支持率も上がってきている「維新」ですが、これから衆院選で全国的に拡大していくためには、あと一歩何かが必要な気がします。

そして、今後の躍進のカギを握ってくるのは、上記で述べたような、「政策や政局的立ち位置は良いけど、マッチョだから嫌」という層だと思います。

政策には賛成なのに支持を得られていないというのが勿体なさすぎます・・・!

もちろん、「身を切る改革をやめたほうが良い」という話ではなく、それよりも維新の明確なビジョン・政策を大々的に示したうえで、粛々と身を切る覚悟を示す方が良いのではないかと思うのです。

恋愛と一緒で、「自分はこれだけの覚悟を持って、これだけ身を切って貴方(国民)に尽くしてるんです!だから付き合ってください!」と面と向かってガミガミ言われるよりも、覚悟を持って活動してる姿を淡々と周囲に見せて、「これだけの覚悟でやってんるだ・・・すごい・・・」と認識させた上で、「自分はこうやってあなたを幸せにします。一緒により良い未来を作っていきましょう。その為の覚悟はあります。」と言った方がかっこいいし、心が動かされると思います。(例えが下手ですが理解してくださいw)

大阪では改革の実績があるので、「身を切る覚悟を持って改革をすればこう変わるんだな」というイメージがつきやすいですが、関西以外ではそれがピンとこないのが現状だと思います。

音喜多さんのブログのタイトルにもある通り、これからは「身を切る改革のその先」を徹底的に示すことが重要なのではないでしょうか。




同じような話題で半年くらい前に炎上したので凄く怖いですが、別に考えが違くても冷静な議論でより良い答えを見つけていきたいなと思います。

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