政治 -politics-

5/12は国際看護師の日、現場に改めて感謝を。そしてナイチンゲールについて知ろう。

「天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者である。」

フローレンス・ナイチンゲール

本日、5月12日はクリミア戦争に従軍した「クリミアの天使」ナイチンゲールの誕生日にちなんで、国際看護師の日となっています。

コロナウイルスによって現場が大変な状況である今こそ、こういった日にしっかりと日々の感謝の気持ちを伝えなければなりませんね

「このような困難な状況の中で、最前線の現場で闘っている医療従事者の皆さん、本当にありがとうございます。」

そういえば、ナイチンゲールってどんな人か皆さんは知っているでしょうか。

「クリミアの天使」として名高い彼女ですが、彼女が何をした人なのか詳しく知らない人も多いと思うので、今回はナイチンゲールについて紹介していきます!

生い立ち

フローレンス・ナイチンゲールは、1820年にトスカーナ大公国でイギリス人の両親から生まれました。

彼女は裕福な家庭で幼少期より英才教育を受けます。

ナイチンゲールが成人に達した1840年代、イギリスは経済不況が続き、市民の貧困化が高まっていました。

隣のアイルランドにおいても、ジャガイモ飢饉と呼ばれる大飢饉が発生し、餓死者や他国への移住者が激増しました。そこで彼女は実状をその目で見るため、病院・慈善施設を訪問していきます。

そのうちに貧窮・病気による悲惨な生活を余儀なくされた人々に奉仕したいと思うようになり、看護の道を歩み始めるようになるのです。

しかし当時、看護師は、病院で病人の世話をするためだけの地位として見られ、専門知識の必要がない職業と考えられていた時代でした。そのため、看護の道を志すナイチンゲールとそれに反対するエリート志向の母、姉との関係は険悪となっていきます。

転機

しかし、1854年にクリミア戦争が勃発することによって彼女に転機が訪れます。

これは〈フランス、オスマン帝国、イギリス、サルデーニャ王国〉 VS 〈ロシア〉 という構図で、稀に見るかなり大規模な戦争でした。

その中で、ロンドンタイムスの特派員によって、クリミア戦争における負傷兵の扱いが、杜撰なものとなっている実態が伝えられるようになります。

それによって、戦場の医療現場改善を望む世論にも後押しされ、ナイチンゲールは自ら看護師として従軍する決意を固めたのです。

1854年3月、イギリスのクリミア戦争参戦が発表されると、ロンドンにある『淑女病院』の看護婦長(看護監督)に就任していたナイチンゲールは、シスター24名、職業看護婦14名の計38名の女性を率いて後方基地と病院のあるスクタリに向かいます。

看護団は11月に現地に到着したのですが、当初は現場から新参者として冷遇されます。

しかし、当時のイギリス女王であるヴィクトリア女王からの後押しもあって何とか現場に貢献していきました。

加えて同時期には、セヴァストーポリ要塞の戦い(両軍合わせて20万人の死者)が激化し、スクタリには山のように積み上げられるほどの傷病兵が送られてきたため、ナイチンゲールらはやっと看護に従事できるようになります。

こうした経緯を経て、彼女はスクタリ病院の看護師の総責任者として活躍しました。

「クリミアの天使」

「看護の仕事は、快活な、幸福な、希望に満ちた精神の仕事です。犠牲を払っているなどとは決して考えない、熱心な、明るい、活発な女性こそ、本当の看護師といえるのです。」

「クリミアの天使」と呼ばれるナイチンゲールですが、その素顔は現実的、合理的、戦略的で、「天使」の呼び名とは大きく異なっていたと言われています。

実際、効率的に患者を治療するためには、銃弾を受けて手足が使えなければ切断手術、木片が刺さっても切断手術をしました

それも麻酔はありません。患者が暴れるようなら銃で後頭部を殴り、失神させてでも治療を続行したようです。

その一方で、傷口の消毒、衛生面を踏まえた体の洗浄を徹底し、包帯、寝具、衣類などは自前で調達しました。

そして、常に患者のそばから離れることなく、ランプを手に夜回りをしていました

これも前線での物資不足を補って適切な治療を施すためであり、夜回りも自己犠牲ではなく、必要性があって行ったのです。

戦場において一番大切なことは「良好な衛生環境を維持すること」感とじたナイチンゲールは、治療とともに、病院内の衛生面の改善にも大きく貢献します。

功績

クリミア戦争が終結し、帰国したナイチンゲールはヴィクトリア女王と謁見、勲功を讃えられます。

しかし、彼女の本当の功績はこの後に作られます。

まず、ナイチンゲールは戦時の報告書をもとに、病院の状況分析を始めます。

そして、衛生環境の改善が大事だということを軍の上層部に分かってもらう為数々の統計資料を作成しました。

このためイギリスでは、ナイチンゲールは統計学の先駆者とされています。

さらに、軍司令部の無能さや非情さ物資の補給を滞らせる政府や軍当局、医療関係者の上層部を激しく批判しました。

このように政治的な働きも行うことで、銀行家だったスイスのデュナンは彼女の看護活動に感銘を受け、1863年ジュネーヴにおいて国際赤十字社を設立して活動を行います。

そして、翌1864年には16か国によってジュネーブ条約(赤十字条約)が締結されるのです。

国際赤十字連盟の成立というのは、紛れもなくナイチンゲールの功績と言えるでしょう。

最後に

ナイチンゲールのように、聡明で行動力のある女性って素敵ですね!

まあそれはともかく、今のコロナウイルスの現状は「戦争状態」とも言われることもあります。

僕の周りにも看護師の友人がいますが、現場で看護師たちは闘っています。

身近に看護師や現場医療従事者の方々がいる人は、今日は敬意と感謝の気持ちを伝えてみてはいかがでしょうか。

いなければTwitterで届けましょう!笑

今回は以上です!

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