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政治家は人助け中毒?!政治は「権力者のエゴ」ではなく、「対等なパートナー」であるべき

人助け

コロナ禍において、政治が今までよりも大きく注目されていますが、今の現状を見ていると到底政治への信頼や期待があるとは思えない状況です。

今朝も、ニュースでは江東区議会などの居眠り議員について報じられていました。

赤羽目たみお
江東区石島に事務所を構える赤羽目たみお区議

関連:【独自】政治家を勝手に観察! 議会中に目を閉じて読書まで…

こんな現状で、政治家を信頼しろと言われても無理な話であるのは当然です。

コロナ禍のような事態だからこそ、国民の信頼を取り戻す為に政治家は

「何の為に政治家になるのか」

「何のために政治家であるのか」

と言った基本的な事を常に考えて無くてはならないと考えています。

そして、個別具体的に様々な理由はあれど、政治家の多くは「人の役に立ちたい」と考えているはずです。(むしろ、こうした考えが無ければ政治家になって欲しくない・・・。笑)

しかし、それが政治家が自己満足する為のエゴになってしまっては意味がありません。

という事で今回は、政治家の「人助け」が権力者のエゴになっているのではないか・・・、という事を心理学的な面から考えていこうと思います。

東京都議会議員選挙に挑戦予定の佐藤古都さんのツイート

「人助け」にも二種類ある

ただ、「人助けがしたいから政治家になった(なりたい)」という思考にも、実は二種類の考え方があると思います。

一つ目は、「権力者のエゴ」としての人助け。

そしてもう一つが「対等なパートナー」としての人助けです。

僕は個人的に、政治家は前者が殆どであり、当初は後者でも時を経て行くうちに前者へと変化していくものだと考えています。(佐藤古都さんは後者です!笑)

つまり、有権者と対等な立場ではなく、「自分は有権者の代表だから助けてあげるんだ」「自分の方が優れているから自分が助けなければ」という勝手な思い込みが原動力となっている可能性が高いのです。

なぜ「可能性が高い」と言えるのかと言えば、こうした考えは、政治家だけでなく普通の人たちにも頻繫に見られているからに他なりません。

これは俗に、「人助け中毒」と言われています。

よく、執拗にアドバイスしたがるおっさんとかいますが、これも典型的な「人助け中毒」なのです。

「人助け」が快感となり、「人を助けてあげる」と言う上から目線のエゴになっていきます。

ちなみに、「ただ権力を得たいだけの政治家」にはもちろんこれは当てはまりません。

学術的に見る「人助け」の中毒性

マイケル・バンゲイ・スタニエは、著書の中で、人間が生まれ持つ「助言する」ことへの執着について述べています。

誰かが話を始めるとすぐ、我々の潜在意識からアドバイスモンスターが頭をもたげ、手をこすり合わせながらこう言い放つ。『私はこれから、この会話に価値を与える!』。我々のアドバイスモンスターの根底には、『自分は相手よりも優れている』という危険な思い込みがある

The Advice Trap

行動学の専門家も、「人助け」は確かに中毒性を持ちうると認めています。

人間は、人助けをする際に下記の「ハピネス・トライフェクタ」(3つの幸せホルモン)を分泌する事によって幸福感を味わうのです。

・セロトニン(強い幸福感を生み出す)
・ドーパミン(やる気を高める)
・オキシトシン(他者とのつながりを感じさせる)

人助けによって分泌されるホルモンがもたらす快感を、繰り返したいと思うのは不思議ではありません。

しかし、人を助けたいという欲求が高まり、エゴになってしまうと、助けているのはもはや相手ではなく、自分自身なのです。 

心理学では、この問題をホワイトナイト症候群と呼ぶと言います。

これは、自分のアドバイス、コーチング、アイデアなどによって人を支援することによって相手を救いたい、そして自尊心を保ちたい、という欲求として定義されているようです。

政治家の多くは、この「人助け中毒」によって快感を得る事にハマり、闇落ちしてしまうのではないでしょうか。笑

人助けの喜びは、自己満足と紙一重なのです。

政治家は、権力者から国民のパートナーへ

自分のエゴによる人助けは、結果的に相手が幸せになる事はありません。

そうした意味で、政治家は当事者性が非常に重要であると考えています。

自らが課題意識を抱え、それと似たような人たちの代表になるからこそ、困っている人の課題を自分事として本気で解決する事が出来るのではないでしょうか。

これが当事者意識の無い偽善的な政治家であれば、政治家としての仕事は「人助け中毒」を満たす為の行為にしかなりません。

それが本質的な課題解決になっていればよいのですが、残念ながら僕はあまりそうした例を存じ上げません・・・。

課題を抱えた当事者であるか、あるいは課題を抱えた多くの人たちの声に対等な立場として具に耳を傾けられるような人が、国民のパートナーとして政治を行う事が現在の日本に必要なのではないかと思います。

ノブレスオブリージュといった感じで貴族と平民のような疑似階級関係になるのではなく、平民の代表として政治家が活動していく事が重要なのです。

(同時に、ノブレスオブリージュすら出来ていない日本社会にも悲しくなってきますが・・・。)

参考:自分が幸福感を得るために「人助け」をしていないか




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TAIKI
1999年、川崎市出身の大学生。明治大学文学部在学。趣味は歴史研究、読書、旅行。若者の政治参加推進を掲げて幅広く活動しながら、参議院議員の音喜多駿に憧れ、政治について勉強中。雑記ブログを2019年10月7日より毎日更新中。2020年10月、赤羽でBARをスタート。地元PRメディア「なかはらPR」を一人で運営。