政治 -politics-

天安門事件・外交文書公開 長い目で見る外交の難しさ

1989年6月4日に中国共産党が民主化運動を武力弾圧した天安門事件の直後、日本政府が今後の対中政策として「民主・人権」より「長期的、大局的見地」を重視する方針を打ち出していたことが、外交文書の公開によって分かりました。

極秘扱いの別の外交文書は、西側諸国による対中共同制裁に反対し、日本として中国を「息長くかつできるだけ温かい目で見守っていく」と記しており、対中配慮姿勢が明確に書かれています。



つまりこの外交文書の公開によって、中国を現在のようなモンスターにしてしまったのは日本の責任が大きいという事がわかります。

ただ、日本だけの責任ではなく、西側諸国も中国を世界の工場として押し上げていった責任はあるのではないでしょうか。

世界的に、中国が変化していくのを見守っていくしかないという時代の潮流の中で、天安門事件後も中国の成長と独裁体制を野放しにしていましたが、この10数年で中国は経済発展からの民主化になるばかりか、更に独裁体制は強化されています。

結論としては、早い段階で強力な制裁を課して、人権的観点から民主化を西側諸国が後押しすべきであったと思います。もちろん、日本がその先陣を切るべきではありました。

今となってはだれにも止められない程強大な国家に変貌してしまっており、アメリカにも止めることが難しい事は否めません。

しかし、国際情勢を予測していく難しさ、外交の難しさもこの天安門事件での対応を見ている限り理解できます。

当時の日本の経済的優位と精神的優位の状態では、将来を見据えた正常な判断は難しかったのかもしれません。

これも結局は結果論であり、外交政策は楽観的に策定すると痛い目に合うのだなと感じました。




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