和合大樹のプロフィール

震災当時、妹の日記に見る兄として自分

本日は東日本大震災から10年が経過しました。

この震災により犠牲になられた方々に、心より追悼の意を表します。

今日から10年前、僕は小学校5年生でした。

川崎市立の小学校に通っていた僕は、一斉に皆で校庭に避難した記憶があります。

その後、帰宅。

当時、その時の様子を4歳下の妹が日記に記していた内容が興味深かったので、紹介します。

震災が起きて帰宅後、余震や停電で、3歳年下の弟も、4歳年下の妹も今までに経験したことの無い恐怖感に苛まれていたと言います。(当時2人とも小学校低学年)

そして、貧乏一家なのでボロ家に住んでいたため家は崩壊しそうな雰囲気で母も気が動転。

家の中はカオスな状況でした。

妹の日記にはその時に僕が、

「大富豪をやろう!」

と言い出したということが書いていました。笑

いや、災害なめてるやろ!

と今の僕なら言いたくなります。笑

しかし、余震もある程度やんだあと、本当に家族で大富豪をしたそうです

妹によると、あらかじめ備えていた非常用の明かりをつけ、カップラーメンを食べながら、泣きそうな母と初めての出来事で衝撃を隠しきれない兄妹を尻目に、僕が大富豪をめちゃくちゃ誘ってきたと言います。

結果は僕が一位で妹が二位、母が三位、弟が最下位。笑

何がしたかったのかと言えば、本当に僕自身が当時ハマっていた大富豪をしたかっただけなのだと思いますが、心の中では、兄なりに家族の柱として、気が動転している皆を楽しませたいという気持ちがあったのかなと思います。

というか、そう思いたい。笑

これが、災害当時にとる対応として正しいのかと言えば、正しくはないのかもしれません。

しかし、この時僕は自分が出来る精一杯のこと、家族の皆を元気付けようとすることをしたのだと思います。

こういうマインドは、今も昔も変わってないなと、妹の日記を見せられて感じました。




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TAIKI
1999年、川崎市出身の大学生。明治大学文学部在学。趣味は歴史研究、読書、旅行。若者の政治参加推進を掲げて幅広く活動しながら、参議院議員の音喜多駿に憧れ、政治について勉強中。雑記ブログを2019年10月7日より毎日更新中。2020年10月、赤羽でBARをスタート。地元PRメディア「なかはらPR」を一人で運営。